第8回 福島県民謡王座決定戦

撮影・録音・文/鎌田浩宮

朝9時30分、開演。
夕方4時過ぎに、終演。
6時間半に渡り、繰り広げられる
108名の歌い手による、祝祭。

 

 

「生で聴ける機会はないか。」

 

僕は、とあるきっかけで、福島県は相馬の民謡を生で聴きたくなった。
しかし調べてみると、東京都内はもとより、福島県内でも、なかなかライヴやコンサートやイヴェントはないようで。
しかも民謡というジャンルのせいか、インターネットで調べても、なかなか分からない。

しかし根気強く調べてみると、2019年7月21日の日曜日に、福島県田村市文化センターにて「福島県民謡の祭典2019」という催しがあるらしい。
ただし、内容も、誰が出演するのかも、何時に終わるのかも、分からない。
センターへ電話をすると「内容は把握していない」と言われたが、館内に貼ってあるポスターの文字を読み上げてくれた。
入場は無料ですよ、福島県民謡王座決定戦ですよ、との事。

 

 

で、インターネットに書かれてあった問い合わせ先の「福島民謡連盟」へ何度か電話をしてみると、やっとつながる。
どうやらそこは、佃光堂さんという民謡の歌い手さんのご自宅のようで「今は働きに出ているから…」と、ご家族の方が光堂さんの携帯電話の番号を教えて下さった。
もちろん、佃さんがすぐに電話へ出ることはなく、何度かかけるとつながり、開演時間は朝の10時だと教えて下さった。

早いな、おい。
東京から始発で新幹線を使っても、間に合わない。
田村市の民宿や旅館やホテルも見つけたのだが、せっかくだから映画「鎌田浩宮 福島・相馬に行く」で日本全国に知られる、相馬市の杉ちゃん家にて前泊させてもらおう。

 

 

福島駅までは新幹線。そこから約1時間バスに揺られ、雄大な山々の中を抜けていくと、相馬だ。
杉ちゃんの家で、酒盛り。
南相馬の米を使った「御本陣」という地酒が、どえらく旨い。

南相馬の地酒「御本陣」発売 純米酒と無濾過生原酒
春季鑑評会結果発表と「御本陣」発売のお知らせ。

何とか、東京でも手に入らんものか。

 

 

「決定戦、当日。」

 

当日は、朝の7時15分頃に、杉ちゃんの運転する車で出発。
同じ県内でも、相馬の杉ちゃんは、田村へ行くの、初めて。
前日に道路地図を見て、行き方を調べた。
相馬から海沿いを南下するルートもあるが、今回はいったん内陸、つまり中通りの近くまで行ってから南下するルートをチョイス。
おっさん2人でうきうきドライヴ、遠足のよう。
田舎道、渋滞ないし、信号少ないし、日曜なのにびっくりするほど人も歩いていないし、すいすいと1時間45分。
9時頃、到着。

涼しい。
昼の最高気温は20℃。東京は27℃。
自動販売機の缶コーヒーはアイスしか売っていないが、ホットがほしい。
最近は軽井沢も暑くなっているから、福島が避暑地になればいいのに。
(しかし!後日7月30日に、相馬市の最高気温が35℃という展開に。地球温暖化本当にヤバいぞ)

 

 

駐車場、既に車がいっぱいでないの。
ほとんど県内の車だが、東京は足立ナンバーの車も、1台あったど。

 

 

にぎわってんぞ。
皆、どっから情報を訊きつけるんだい?
ネットじゃねーよ。
鼻、利かすんだよ。

 

 

午後3時頃まで、やるんですよね。
皆さん、お昼ごはんってどうするんですかね?
受付で、尋ねた。
「どうなんでしょうね…分からないんですが…」
というご回答でした。

 

 

皆で踊ってりゃメシ食うのも忘れるぜ。
ヅラも売ってるし。
ペイペイ使えるし。

 

 

館内で即席販売しているCD。
東京でもネットでも流通していないものばかりなので、当然ジャケ買い。

 

 

「遂に、開会。」

 

マジすか!
開演は10時からなのだが、開会式は9時半からだ。
早く着いてよかった。
最前列のど真ん中に座る事ができた。
よかった!

まずは、ジュニアの部から。
8人出場。

 

 

3階まで、800席ある。
ご年配の女性客が多い。
歌い手と一緒についつい歌う人が多い。
アゲていこうぜ。
シング・イット・ラウド。

 

「高年の部、始まる。」

 


高年の部18番 笠間文武さん「相馬木挽き唄」

 

伸びやかな、高音。
もう、びっくり。
コーフンが、止まらない。
カラオケで民謡をたしなむ程度の方々が集う催しなのかも知れない…といった不安は、杞憂だった。
充分に銭の取れる、プロとなっておかしくない歌い手が、断続的に出演。
雲をかき分け、霧をかき分け、福島の内陸で、秘かに、しかし豊穣に催される。
ここに辿り着けて、本当によかった。

ちなみに木挽きとは、のこぎりで丸太を材木にする事を指す言葉なんですって。

 


高年の部25番 栃久保定三さん「相馬長持唄」

 

長持は、竿を通した木箱の事。
嫁入り行列の際、長持を担いだ人が即興で歌ったものが、長持唄の始まりだそうだ。
今だと、結婚式などで歌われるようです。

高年の部(66歳以上)は71名。
うち、8名がご欠席。

 


高年の部26番 鈴木教正さん「相馬木挽唄」

 

何せ、出演者が多い。全て録音・録画していると、データの保存容量を越えてしまうので、その場で撮影するかしないか、判断していく。
だが、聴きほれてしまい、録音録画し損ねたものもあったりして。

 


高年の部32番 矢田部久美さん「岩瀬松坂」

 

松坂という唄も、結婚やお祝いで歌われるものだそうです。

高音が素晴らしい事に加え、声域が広いので、低いところもしっかり出ていらっしゃる。
断続的な、驚き。
今日は、どれだけ、タレント(才能)とお会いできる事となるのか。

 


高年の部55番小豆畑幸司「相馬馬子唄」

 

小豆畑(あずはたさんと読むんじゃないかな)さんは、審査の結果入賞となった。
おそらく、多くの方がアマチュアなのかも知れませんが、プロの歌い手の方と、差を感じません。
宝の山です。
素晴らしい事です。

 


高年の60番 長山ハルミさん「会津松坂」

 

この方が優勝かと思った(入賞に留まる)。

ちなみに、地下1階が大部屋の楽屋となっており、100名以上の皆さんが、そこで和服に着替え、事前練習をなさっていた。
その尺八の音色が我々にも漏れて聴こえ、舞台の本番の音色と混じる。
でも、構わず舞台は進行していくのであった。

 


高年の部67番 門馬百合子さん「白河田植え唄」

 

この方が優勝でもいいと思った。
高年の方々の皆様、僕が言うのもおこがましいのだが、歌い方が素直。
力みがない。
そこに、感動する。

 


高年の部73番 梅谷芳一さん「新相馬節」

 

梅谷さんは、高年の部で準優勝となった。

 

 

12時35分に高年の部が終わりまして、休憩のアナウンスとなった。
再開は、1時。
25分しかない!
急いで、近くのラーメン屋さんへ駆け込む。
観客の皆さん、お弁当を持って来て車の中で食べる方もいたけれど、観客席で座ったままの方も多かった。

 


競演の部 相双支部「相馬長持唄」唄・菊地礼子さん
尺八・陶正彦さん/太田盛さん はやし・矢馳まさ子さん

 

急いで戻るも1時を過ぎてしまい、ジュニアの部表彰式を見逃す。
どの子が優勝したんだろう?(翌日の福島民報によると「いわき矢送り唄」を歌った門馬空澄くんだった)
舞台では、相双支部・会津支部の方々による競演が始まっていた。

 

「中年の部、始まる。」

 


中年の部91番 新田勇太さん「相馬流れ山」

 

中年の部(中学卒業~65歳)が始まった!
29人が出演、うち2名は欠場。
この新田さんは入賞となった。

 


中年の部92番 田中沙紀さん「相馬木挽唄」

 

田中さん、すごい!
ぐわっと、引きこまれる。
田中さん、優勝するんじゃないかなあとコーフン。
結果、中年の部・準優勝に輝きました。

 


中年の部95番 田中俊樹さん「相馬流れ山」

 

中年の部3位となった、田中さん。
甘い美声。
ご自身の出番後は客席に移り、声援をかけ盛り上げていらっしゃいました。

 


中年の部99番 松本恵美さん「会津松坂」

 

この方にも引きこまれたなあ!
素晴らしい。
もー、松本さんが優勝かな!
結果、入賞にはなったけれど、受賞はありませんでした。
ただ、他の大会では受賞なさっているようで、ほっとしました。

 


中年の部102番 渡辺貴彦さん「岩瀬松坂」

 

彼の歌声も、好きだなあ。
伴奏のミスにもめげず、頑張っていらした。

伴奏を務める、尺八や三味線の方々。
数十曲も担当されるので、終盤はかなりお疲れのよう。
舌の湿り気が失われ、尺八を吹けなくなる場面も。
他にも、既に歌い手は登場しているのだが、伴奏する方がしばらく出て来なかったり。
三味線の伴奏で歌が始まっていて、素知らぬ顔で中盤から尺八の方が登場したり。
歌い手のキーによって尺八の使い分けを間違え、キーが合わず何度も中断したり。
こうしたアクシデント、歌い手の方には堪らない事とは思うけれど、僕には何とも微笑ましかった。

 


中年の部108番 沢田藍さん「相馬木挽唄」

 

トリを務める、沢田さん。
ど真ん中直球勝負の歌声が、光る。
以前からyoutubeで、その歌声を存じ上げていました。
この方も出演と知り、嬉しい驚き!

この時点で、確か終演予定とされていた3時を過ぎており。

 

「前年優勝者、歌う。」

 


前年(2018年)優勝総合 岡田有加さん「岩瀬松坂」

 

審査の合間に、前年優勝の方々が出演。
皆さん、素晴らしい。
録画で観ても素敵なんですが、生で聴くと、全然違いますよ。

 


前年(2018年)高年の部優勝 漆舘秀雄さん「新相馬節」

 

西洋音楽であれば、ピアノなど和音での伴奏となるので、歌いやすいし、音程も外れにくい。
しかし尺八だけの伴奏だと、相当に音程を保ちにくいのでは。
歌い手の方の技量は、相当にすごいのだと思います。

 

前年(2018年)ジュニアの部優勝 横山心さん「いわき安波様」

 

この方は、朝からずっとはやしで出演していて、出ずっぱり。
「何と歌のうまい娘さんなんだ」と感動。

 

「そして、優勝者、発表。」

 


授賞式 高年の部優勝 矢澤ハツミさん

 

矢澤さんのお歌いになった舞台は、録音・録画をし損ねてしまいました。
すみません!
でもってね、6時間半も経過しているから、司会の方も審査員の方も疲労困憊、授賞式がぐだぐだ。
そこが、なおの事いいんだよなあ。
左端の司会の方、例の数十曲も尺八を吹き、湿り気なくなり音が出なくなった方だもの。
あと、帰ってしまった歌い手の方がいて、入賞したのに壇上に上がって賞を受け取らないままという。
ゆるすぎていて、いい。

 


授賞式 総合優勝 沢田藍さん

 

おお!
沢田さんが優勝だ!
おめでとうございます。
文句なしの力量。
優勝者は、9月に福島市で開催される「全東北民謡選手権大会」に出場し、そこでまた優勝すると、全国大会への出場へと続いていくようだ。
福島と同じように、全国各地にすごい歌い手の方、たくさんいらっしゃるんだろうな。

 

 

沢田さんの、アンコール!
もう、伴奏なしのアカペラでも、相当素晴らしいのではないか。

会津・いわき・白河・相馬。
県内のめくるめく地から、タレントが集まる。
祝祭だ。
東日本大震災により、2011年は開催されなかったそうだが、この祝祭は毎年開催されている。

県外ではあまり知られていない、田村という地に人々が集まる。
ご近所の方かも知れないし、歌い手の親戚の方々かも知れない。
僕のように、情報をかき分けてやってきた方が、他にいらっしゃるかも知れない。

インターネットでは浮かび上がらない、とてつもない催し。
そして検索しつくされない、歌い手の皆さん。
これは、とてもすごい事なのだと思う。

 

 

「今後の、予定。」

 

8月2~4日、福島市で行われる「わらじまつり」は、今年から敬愛する大友良英さんが総合プロデューサー。
●重なって8月3日、相馬市民会館で行われる「相馬盆唄大会」もすごいぞ、2時間半に渡り歌い手皆さんが相馬盆唄しか歌わないのだ。
●で、相馬盆唄大会に入賞した歌い手が、8月13~14日での相馬盆踊り大会(相馬市民会館駐車場)で、歌を披露するとの事。

再び東京から行くのか、俺?

 

なお、数々の素晴らしい民謡、歌詞や由来については、これらのサイトに詳しく書かれていますよ。
福島の民謡・童謡・わらべうた。歌い継がれる故郷のこころ
日本の民謡 曲目解説<福島県> そ~み

 

そして、上に掲げたsoundcloudとyoutubeでは、今回録画・録音した全ての映像・音声をまとめてチェックできます。
たっぷり楽しんでちょ。
全く関係ないが、決定戦の翌日相馬を散歩していたら、東京新聞のカメラマン・記者の方と思しき方をお見かけした。
さすが敬愛する東京新聞。
がっつり取材なさってるぜ。
おそらく、この記事「日照不足でコメ心配 逆風悩む農家 参院選で議論低調」でお越しになったのではないかな?


2019.07.29

god save the TO$H

DJ・鎌田浩宮

toshio nakanishi
1956-1-13 ~ 2017-2-25

 

 

1980年頃、僕が中学1年生くらいの頃だったろうか?
YMOを追いかけて、ヒカシューへ行き、プラスチックスに辿り着いた。
赤貧家庭の僕の当時の小遣いは1ヶ月700円しかなかった。
貸しレコード屋で「welcome back plastics」の中古品を買って、弟のPacoと聴きまくっていた。
世田谷区の図書館へ行くと、プラスチックスのカセットテープが借りられる時代だった。
プラスチックスの「copy」はAMラジオでも何かのジングルに使われたりしていた。
それだけキャッチ―で、テクノポップを知らない人々の耳障りもよかったのだ。

Plastics – Good [Fighting80's Live 1980]
from the album “ORIGATO PLASTICO” (1980)

プラスチックスだけで書き出すと1ページ埋まってしまうのだが、今は涙が出てしまうので止めておく。
今、トシが久々に佐久間さんと逢って、懐かしい話に花を咲かせている最中なのだ。

Plastics – Top Secret Man
from the album “WELCOME PLASTICS” (1980)

メロン。
ウォーター・メロン。
メロンの立ち上げはとても華々しく、早速CMソングに起用され、トシも確か出演してなかったっけ?
最初の頃のメロンは、プラスチックスのニューウェーヴをさらにソフィスティケートした形で、演奏力もアップ。
お洒落。
格好いい。

Melon ‎- Do You Like Japan?
from the album “DO YOU LIKE JAPAN?”(1982)

行きたかったなあ、ピテカン。
赤貧の中学生が行ける訳もなく、月刊宝島を読んで、そこで何が起こっているかを後追いするしかなかった。

しかしヒップホップの台頭により、メロンは路線変更をする。
屋敷豪太と工藤昌之が加入し、映画「トロン」のように蛍光色のラインを顔に刻み、映画「マッドマックス」のようにアメリカンフットボールのショルダーパットを身にまとい、近未来のコンセプトを打ち出し、サンプリングやスクラッチ、ヒップホップとエレクトロニクスの融合を目指して行く。
当時、テクノポップは終焉を迎え、盟友の立花ハジメも、そして坂本龍一や細野晴臣も、皆ポスト・テクノポップを模索していた時期だった。
その誰もが僕にとっては眩しく、メロンの攻撃性は勇気を与えてくれた。

MELON -SERIOUS JAPANESE
from 12inch EP “SERIOUS JAPANESE”(1985)

一方のウォーター・メロン、最初の頃は面白くなかったんだけど、10年以上かけてどんどん面白くなっていく。
90年代に入り、アンビエントが進化していき、それまでブライアン・イーノのようなものしかなかったのだが、そこにリズムを入れてみたり、何でもぶちこんで遊べる広場のようになっていったからだ。

Melon – Quiet Village ’92 Mix
from the album “Deep Cut Remix”(1992)

Water Melon – Moon Shaker
from the album “Out Of Body Experience”(1997)

そしてトシのすごいところは、自分のキャリアをあっさりと捨て、どっぷりとヒップホップへ没入していくところだ。
この頃トシは中西俊夫ではなく、Tycoon To$h & Terminator Troopsというごりごりなブラザーネームで闊歩していた。
そのように様々なジャンルを軽々と横断してしまうところが彼のすごさだった。
この頃大学生だった僕はもろに影響を受けた。
トシの音楽がかかるAMだったかFMだったか、ラジオにかぶりついていた。
このようにバシバシとサンプリングをぶち込んだレアグルーヴに、当時出てきたレッチリのようなJBにルーツを得たギターとベースを取り入れ、さらには僕のルーツであるエレクトロニクスの音色も織り交ぜたバンドを始めていた。

ACTION
TYCOON TO$H & TERMINATOR TROOPS
from 12inch EP “Get Happy! / Action / Rock The Party” (1988)

さらにはLOVE T.K.O.か。
もうこの頃になるとアルバムのリリース量も多すぎて、追いかけきれなくなってくる。
自分が積み重ねてきたキャリアを脱ぎ捨てるのは、難しい。
プライドが邪魔をするからだ。
単なる新し物好きかと揶揄されても、突き進んでいく。

Love T.K.O. Stay (The Eagle’s Eye)
from the album “Headturner”(1994)

数ある彼の曲の中から、本当に好きな曲を紹介するのは楽しいが、それがこんな時になるとは、なんと悲しいことだろう。

Typhoon Tosh- Round & Round Medly Sound Sculptures No.2
from the album “Fish Smell Like Cat” (1997)

2011年9月19日
脱原発集会『NO NUKES ! ALL ST☆R DEMO 2011』Children of the Radiation/中西俊夫 PANTA 久保田麻琴 MIYAVI

今振り返ると、2016年のブルーノート東京で行われたプラスチックスの結成40周年ライヴ、何が何でも行っておいてよかった。
客席の一部は80年代のファッションに身を包んだ、とても下世話に言えば平野ノラのような女性が陣取り、会場は原宿シネマクラブ化していた。
トシ、元気だった。
最初、トシとハジメだけで登場してギターとヴォーカルとリズムボックスだけで演奏し出した時は、あまりの下手くそさに笑いが止まらなかった。
40年経ってもストーンズとプラスチックスは、演奏ヘタでいい。
島さんとトシの娘さんとN’夙川BOYSのリンダが出てきて、ようやくサウンドが締まっていったのだった。
僕は時折ブルーノートに似つかわしくない叫び声をあげた。
あの赤貧中学生だった僕が観た最初のプラスチックスのライヴはワールドハピネスで、これが最後のライヴとなってしまった。

PLASTICS 2016 0111 HBC

最後は、この2曲で。
さようなら、トシ。
またね、トシ。

MELON-honey dew
from the album “DO YOU LIKE JAPAN?”(1982)

Plastics – Top Secret Man(pv)
from the album “WELCOME PLASTICS” (1980)


2017.02.26