要キャプション。

ダイロクでおしゃべり 第3回

お相手/呉英哲(オ・ヨンチョル)校長先生
文・写真/鎌田浩宮
一部テープ起こし/土井達夫

 

2019年11月16日(土)に開催された、
東京朝鮮第六幼初級学校の公開授業。
1945年の創立以来、初めての試みだったそうです。
結果は、大成功。パチパチパチ!

(その時の感想、こちらに書きました)

その時に感じたのは、少人数、開放的。
規制やシステムに、とらわれていない。
日本の学校にとっても、学ぶところがあるなあ。

そこで、再び行ってきました。
校長先生の呉英哲さんが、
たくさんお話しして下さいました。

そんなお話を、
私たちがママ友へおしゃべりするように、
あんまり難しくなく、
カジュアルに伝えられたら
と、記事を作ってみました。

その連載は、第1回第2回と続きまして。
今回は、第3回です。
どうぞ、お読み下さい!

 

 

ご近所にあるよ!朝鮮の施設。

 

僕の友人は高校生の頃、朝鮮学校と交流する機会があったそうなんです。一方、僕は51歳で初めて朝鮮学校と交流を持たせていただきましたが、遅い!なぜもっと早くしなかったのか!自分を恥じています。僕の住む世田谷区だと、1番近い朝鮮学校はこちらになりますでしょうか?

そうですね…ただ、かつては世田谷区に第八があったんですよ。

編集部注:東京朝鮮第八初級学校は、世田谷区太子堂1…現在の世田谷区立三宿中学校隣にありましたが、2003年に閉校となり、この第六幼初級学校と統合。現在はマンションが建っています。

 

えっ?僕の家から20分ほどにあったんですね…。なんで知らなかったんだろう?学校同士の交流もなかったしなあ。猛省します。

7月の納涼祭と、10月の交流祭では、地域の方がフラダンス、太鼓、琴などを披露して下さいます。屋台風のお店も出て、お酒も食べ物もありますよ。

 

2019年7月に行われた、納涼祭。夜に集まってお楽しみ会をやるのって、子供もコーフンするんですよね。

 

2019年10月に行われた、交流祭。エスニック料理好きの人にも、たまらんものがある!

 

誰でも参加できる!納涼祭に交流祭。

 

運動会は地域のお祭りとしての要素があって、お酒やお弁当を広げながらやりますよ。学芸会は、地域の会館を借りて行います。

日本の学校も、そんな感じでオープンにできればいいのになあ。セキュリティーが厳しいから、僕がフラッと立ち寄れません。

私たちの行事では、入口に父兄は配置するけれど、不審者などのトラブルはありませんね。長年にわたる積み重ねで、地域とうまくやっているからだと思うんです。

行事などで、お手伝いできることがあれば言って下さいね!

確かに、来ていただくのもいいですが、何かを一緒にやるというのもいいですね!学校にもちょくちょく来ていただいて、発信していただければ嬉しいですよ。

遠足も、日本の学校と同じで、いろんな所に行きますよ。葛西臨海公園や、アスレチックに行ったり。キャンプにも行きます。社会科見学もあるし、ミュージカルを観に行ったり。修学旅行は、近畿ですね。朝鮮のルーツとなるエリアがたくさんあるので。

 

 

どんな感じ?授業!お昼ごはん!

 

自治体から給食の補助が出ていないので、普段はお弁当なんですが、学期に1回ほどオモニの作るお昼ごはんがありますよ。オモニの会がやってくれる、もちつきもあります。

校庭も、広ければ広いほどいいけれど、しっかりとした施設があるので。

確かにこうして拝見すると、1学年1クラスで、10人前後ですしね。

体育の授業では、ボールを使うもの…バレーボールやバスケットボール、鉄棒を使ったり。部活動のサッカーは、日本のリーグに入っています。

音楽室には、カヤグム(琴)が置いてありましたね。あの音色、好きなんですよ。「源氏物語」という映画で、大好きな細野晴臣さんが音楽を担当していたんですが、敢えて日本の琴ではなく、カヤグムを使ってて…そこがいいんですよね。

 

1987年に公開された「源氏物語」。同じスタッフで作られた「銀河鉄道の夜」に続き、鋪野さんが音楽を。いいですぞ!

 

音楽、図工、理科や算数。日本語も朝鮮語も!

 

チャンゴ(太鼓)やプク(太鼓)とかもありますし。

サムルノリも大好きです!そういった民族の音楽も、時間をさいて勉強するんですか?

そうですね、音楽の授業も多様なんですよ。歌も歌うし、一般的な鍵盤ハーモニカもやりますよ。そういう音楽的な指導すると同時に、民族の音楽も学びます。また部活動では、朝鮮の民謡も習うし、日本で作られた歌も習うし、英語の歌を朝鮮語に訳して歌ったり。

カリキュラムは一杯ですよ。時間数は、決定的に多いと思います。日本の小学校で習うものに加えて、朝鮮にまつわるものを勉強するわけですから。

朝鮮語の国語の授業では、朝鮮の昔の文学も勉強します。朝鮮の文学を、日本語に訳したり。朝鮮の歴史も習います。理科・算数の授業が少しちょっと多いかな?算数に力を入れてやっているので。図工の時間も、単純に絵を描くだけではなく、朝鮮の技法を使ったりします。

 

これ!チャンゴ。この他、中国のドラに似たケンガリなども、いい音出しますぞ。

 

バイリンガルを生かした将来も。

 

将来的には、バイリンガルを生かした職業に就く子もいらっしゃるのですか?

いますね、通訳をやっている子もいるし。基本的に日本語と朝鮮語の通訳はできる。それともう一つに、この社会に繋げていかなくてはいかない。そういう意識があるので、先生になったりとか、地域のコミュニティーを引き継いで仕事をしてみたり。昔だったら、飲食業をやるのか、会社員か、自営業か…。今は違いますよね。スポーツ界もそうですし。いろんな形で活躍の場が広がっているのは事実ですし。

逆に今でも職業差別は、ありますか?

無い事はないと思いますけど。でも、今って実力社会じゃないですか。逆に朝鮮の子が重宝される。この事が大事なんです。自己発言力があるし。バイタリティーにあふれている。生きていく力が強い。

そういう形で日本社会で活躍されている方も多いですよね。この何年間で、全然、変わってますよね。僕の時代だったら、朝鮮人だけという社会だった。今はいろんな門も開かれて、土台もできていて、高校でもスポーツなどいろんな大会に出られるとか。そういう過程で、子供達の意識が変わっていって。

ただ、日本社会では、学歴社会という強い部分がありますね。ですが、朝鮮高校を出て、朝鮮大学を出て、いろんな形で分野で働いているたくさんいますし。そういう部分では、多様になってきたのかな。だけど職業に対しての、就業に対しての障壁は、ないとは言えないと思います。

 

 

お金よりも、支援してほしいことが。

 

支援してほしいことはありますか?

高校無償化からの除外など、経済的な問題も抱えてはいるんですが、それは…頑張ろうとすれば頑張っていける部分があります。そういったお金というよりも、権利の部分ですね。権利は、子供たちに平等にあるはずじゃないですか。そこが1番引っかかるんです。

そうですよ。僕が公開授業で最初に感じた事です。この子たちは、国籍の概念なんて、知る由もない。国を選んで生まれたわけじゃない。そんな子供たちに、差異を、差別を与えていいはずがないんです。

一方大人に対しても、朝鮮という国や組織の中の人々を、十把一絡げにして差別するなんて、とんでもない。その国や組織の中には、豊かな個人がいる。いろんな考え方の人がいて、一生懸命生きています。

日本の社会にも支えていただいています。区の行政の方々も、ご理解いただいている方はたくさんいます。ただその方たちも、上からの判断には従わざるを得ないので…。そう考えると、差別的な行為って、ごく一部の心ない方によるものなんですよ。

大きく取り上げられがちなんですけど、、SNSでの差別発言だって、実は1人が複数のアカウントを使ってたりしますもの。

だから私達も発信していきます。朝鮮学校が地域にあって、いいことってたくさんあるはずなんですよね。理解し合いながら、歩み寄りながら。そんなことを、日本の方々に手伝っていただきたいなと思っています。地域からの積み上げをやっていければ、絶対にウィンウィンになると思います。

 

 

本の募集をします!

 

エプスタインズでも、何かできないか。
考えてみました。
まずはお金に頼らず、気軽にできるものは、ないかなあ?

そこで、本とCD・DVD・ブルーレイディスクを集めて、ダイロクに寄贈させていただけたらと思っています。
2歳から12歳まで向けの本や、童謡などのCD、幼児や子供向けのDVD・ブルーレイをお持ちの方、お気軽にこちらのメールアドレスまでご連絡下さい。
info☆epstein-s.net
(☆マークを@に変えて下さい)

その際、本のタイトルや内容、冊数を教えて下さいね。
図書カードやクオカード、各種ギフト券でもオッケーです。
そのうえで、発送先をお伝えします。
(ダイロクへ直接送らないように!エプスタインズでまとめてから送りますので…)

ただし…子供たちが傷つかないよう、汚れやシミ、黄ばみ、破れのないもの。
見た目としては、新品または新品同様のものを集めたいと思います。

以前、途上国の子供たちへ届ける衣服やおもちゃなどを募った際、ボランティアの方が「使い古しの物は、子供たちの心も傷つきます」と言ってたんです。
確かに、僕がその立場だったら、やはりシミのついたパンツやシャツ、壊れたところのあるおもちゃは、嫌だと思ったんですね。

なので今回は、そういったものを省かせてもらい、新品ないし新品同様のものを集めようと思います。
ぜひ、ご連絡をお待ちしています!

 


2020.02.23

ダイロクでおしゃべり 第2回

お相手/呉英哲(オ・ヨンチョル)校長先生
文・写真/鎌田浩宮
一部テープ起こし/土井達夫


校舎の真ん中は吹き抜けになっていて、ここで体育の授業、朝礼や集会などが行われます。当日の合唱や舞踊も、こちらで行われました。

 

インタビューの合間に子供たちと会えば、
必ず笑顔で「アンニョンハシムニカ」
とあいさつしてくれます。
この笑顔が、かわいいんですよね。
邪気がない。
僕も「アンニョンハシムニカ」と返します。

それでは…
東京朝鮮第六幼初級学校の
呉英哲(オ・ヨンチョル)校長先生とのおしゃべり、
第2回です。
第1回は、こちらからどうぞ~。

 

 

比べものにならない…合唱と舞踊

この前の公開授業では、子供たちの合唱や舞踊なども披露され、さながらプチ学芸会のように盛り上がりました。びっくりしたのは、ものすごくうまいんですよ。日本の学芸会で、同じ学年の子の出しものを考えても、比較にならないほどなんです。かなり練習したんですか?

「高学年になると部活動があり、朝鮮舞踊のサークルがあるんですよ。合唱などは、授業を通じてやっています。」

編集部注:こちらの学校では、女子はバスケットボール部と朝鮮舞踊部、男子はサッカー部と音楽部があり、4年生以上は必ず2つのクラブに入るようになっています。
なお公開授業では、
4~6年生による合唱「扉を開いて」と「with your smile」
1~3年による合唱「焼き栗の歌」「ハッピーチルドレン」
朝鮮舞踊サークルによる「喜びの舞」
幼稚班によるうた「幼稚園大好き!」
全校生による校歌が披露されました。

合唱は、1番は朝鮮語、2番は日本語で歌って下さいましたよね。朝鮮語だと歌詞が分からず、テレビで見る北朝鮮のマスゲームを思い出してしまって。

「はいはいはい!」

でも、日本語でも歌ってもらえたので、日本の音楽の授業で歌うものと同じような歌詞なんだと分かりました。別に金首席を讃える歌詞でもなく、我々の学芸会と同じことを歌っていて…。

「朝鮮学校の生活のなかでのそういう歌とか、あとは昔の民族の歌とかそういう歌ですよね。」

歌詞が聴こえてきたとき、親しみが湧いてきたんですよ。もちろん朝鮮語だから親しみがわかないという訳ではないのですが、日本語の歌詞の内容がのびのびとしていて、のどかで、素敵で、すごく感動したんです。

「民族教育なので、朝鮮の民族性を表現する歌もあるし、日本に住む在日同胞たちをイメージした歌も沢山あるんですよ。だから、75年間の歳月というのは長いなぁと、僕も感じます。朝鮮の民謡も習うし、日本で作られたものも習うし、英語の歌を朝鮮語に直してみる場合もあるし。色んなのがありますよね。」

 

中には「学習まんが日本の歴史」などもあるんですよ。あと、年長さんの部屋には確か「ナウシカ」があったような…。

 

施設は十分かどうか、不十分でいいのかも問題

2階の廊下沿いに…図書室がわりにですかね、本が置いてらっしゃって。こうしたことは、実際にここへお伺いし、目にしないと解らない事だなと思って。日本の昔話もあったり、全て日本語で書かれた本ですね。

「日本の学習カリキュラムにのっとっているので、子供たちは日本の歴史も習います。しかも全ての授業は朝鮮語を使うので、源平合戦など日本の歴史を朝鮮語で習う。6年生になると公民の授業で、選挙制度や憲法を学びます。」

我々は何も知らないんですよね、図書室にどんな本があるのかさえ…。

「こういう本も、父兄たちから基本的に寄付していただいています。こうしてみると、普段から圧倒的に子供が目にするのは、日本語の書籍なんですね。」

こちら以外の朝鮮学校でも、図書室がない、音楽室と図工室を兼用で使うとか、そういうことがあるのでしょうか?

「いや、いや。そういうことは無いと思いますよ。新校舎ができたのが5年前の2015年なので、ちょっとコンパクトに作った部分もありますし。財政的なものもありますし。」

はい。

「教室も小さいじゃないですか。10人もしくは11人ちょっとのスペースですよね。これからの未来、これからの在り方も考えて、こんな設計になりました。」

日本の公立小は、1クラスの定員が35~40人。なので大きな教室が必要ですが、第六では将来を見越しても1クラス10人前後と考え、コンパクトな教室にしているわけですよね。

「図工室と音楽室、別々にあればいいんですよ。まあ、子供達には不便でしょう。もっと教室が大きければ…敷地があれば…とも思うし、完全ではないと思います。幼稚園なんかは、しっかり出来てますけど。耐震の補助も行ってます。同胞たちの力と寄付でできた校舎です」

でも、新しい校舎で、居心地がいいなと思いました。

「以前の校舎はコンクリートだったので、温かみがあったかどうか…。今は、同胞たちからの『学校を大事に守り、作っていきなさいよ』というメッセージを感じている子供たちもいると思いますよ。」

あと、プールがないんですよね。

「できれば、日本の学校のプールをお借りしたいんですが…。維持費が大変な事もあり、プールを持っている朝鮮学校は、1つもないんですよ。学校によっては、スイミングスクールを借り、講師をつけて授業を行っているところもあります。ただ、授業のカリキュラムとして取り込むまでにはなってないですね。」

50m走などの体育測定は、どうなさっていますか?

「多摩川まで行って、測定しています。でも、どうにかやりくりしながらやっています。」

僕の母は、戦後間もない長野の山奥で育ったので、プールもなく、たまに千曲川で泳ぐだけだったので、カナヅチでした。でも、水泳の授業はありませんが、その時間はほかの授業に割かれていたわけです。そうすれば、当然その分の才能が引き出されます。

当時は校庭に水をまけば、天然のスケートリンクです。母は子供の頃から、スケートが得意だったわけです。何かができないということは、その分ほかの何かに費やせるということです。何もかもが十分な施設であればいいのでしょうけれど、不十分だからといって、それがマイナスなんだとは思いません。

 

 

同じ日本に育っているので、いじめ・不登校も一緒

 

いじめの問題はいかがですか?

「子供達なんで、喧嘩もしますよ。子供達のうまくいかないもありますよ。学校だけで解決できない部分もあるんですけど、父母と一緒に考えて。必ず、父母と学校と学生と父母のトライアングルを作っています。日本に住んでいる子達なので、日本の子供たちと抱えている問題は一緒です。どこでも一緒ですよ。」

そうですよね。

「やっぱり落ち着くところは、朝鮮学校に通っている人間は、こんなに少ないんだ、それでお前ら揉めてどうするんだ、ということですね。」

不登校があるかも知れませんね。

「幸いこちらでは、そういう事例は見当たりませんが。家庭の環境も色々なので、子供たちの心にある様々なものを、ちょっと学校として引き出してあげる…ケアしてあげるというのは、常に先生たちの意識の中で持っています。完璧じゃないですよ。完璧なんてないんで。持っている問題は、一緒ですよ。」

そうですよね、同じ所に住んでいる、みんなで。同じテレビ見てネット見て。

「だけども、朝鮮学校の子供たちは、出てきた経緯があるので、学校を守ろうという意識を持ってますよね。学校を守ろうという親御さんたちの意志を、引き継いでいます。」

僕は先生と同じ51歳ですが、当時は親子2代同じ小学校って、多かったんですよ。そうすると、そういう「学校守るぞ意識」って高かったですよ~。

「ウリハッキョ(自分達の学校)というイメージが濃いので、友達を守るとか。自分の学校を守るとか。自分の家族を大事にするとか。そういう意味合いでの強さを持っている。守る。絶対に守らなきゃ。ただ…、人数も日本の少子化の波と一緒なので、生徒自体も少なくなっています。」

そうか…!だいぶ減られましたか?

「少なくなっているのもあるし、現在の子供たちは、授業料を含め基本的に補助がない状態なので、経済的な問題で入学を躊躇しちゃう場合もあります。定期代とかを含めたら、月に2万も3万もかかるんですね。公立の学校に通えば給食が出るし、公立ならさまざまなものが無償となるじゃないですか。」

地元の公立小学校に入学させると、イジメにあうかもしれない…という理由で、朝鮮学校を選ぶ家庭もありますか?

「どうなんだろう…?親御さんたちもこの中で育っているので『自分が育った所に入れなければダメだ』というのもあるし。通ってなかった親御さんでも、ここに来て、見て、聞いて、体験して『入れなくては、ダメだ』という結論になる家庭もあるし。」

そうなりますよね。僕の世代でも、自分が私立だったから子供も私立へ行かせるケースが、たくさんありました。

「今、朝鮮高校を卒業して、日本の大学へ通うというケースは沢山ありますから、自我が芽生える幼年期、初等教育前半ぐらいはウリハッキョに入れて、そこからまただんだんと完成させていくと…いう道を選ばれるという父母たちも多いですよね。」

第3回へ続く…

 


2020.02.06

ダイロクでおしゃべり 第1回

お相手/呉英哲(オ・ヨンチョル)校長先生
文・写真/鎌田浩宮

 

2019年11月16日(土)に開催された、東京朝鮮第六幼初級学校の公開授業。
その時の話は、こちら「1800ミリリットル、朝鮮学校公開授業」に書きまして。

その後、あの話も聞きたい、この話も聞いてみたいと、思いはドシドシ膨らみ、ついに再訪してしまいました。

少し早めに千鳥町(ちどりちょう)駅に着くと、お楽しみ。
美味しそうなお店はないかな?居心地のいい呑み屋はないかな?とヨコシマ全開で、散歩を楽しみます。

そして大田区立千鳥小学校があり、そこから歩いてすぐそばに、東京朝鮮第六幼初級学校があります。

 

 

新しい。
デザインが、いい。
実際に中へ入っても、居心地がいい。
2015年に、改築されました。

ちなみに、創立は1946年。
この地に移転したのは、1949年。
多くの朝鮮学校は、1945~6年にできたそうです。

では、呉英哲₍オ・ヨンチョル₎校長先生へのインタビュー、開始です。

なお、呉先生に関する記事が、つい先日の東京新聞「<橋をかける 分断を超えて> (2)在日朝鮮人人権協会事務局長・金東鶴(51)」に掲載されています。

 

 

先日の公開授業、反響はいかがでしたか?

「去年の5月から実行委員会を開きました。半数以上は日本の方々なんですよ。定例会を重ねて当日を迎えました。当日は大田区の教育長もいらしゃいました。」

僕は、東京新聞の地方面で知ったんです。

「120人までいったのは、東京新聞さんで記事にしていただいたおかげですね。当日は、どうでしたか?」

「1800ミリリットル、朝鮮学校公開授業」でも書きましたが、暖かい日差しの中で、2歳の子供たちが、楽しそうに過ごしている。あの時は秋だったので、いも掘りや栗を取り上げた授業だったでしょうか。

この子たちはどこの国に生まれ、どこの国籍かなんて、知る由もありません。この子たちが差別を受けていいわけがないと思い、涙が出てきました。(実は、インタビューのこの時も思い出して涙が出ています)

「そう言っていただければ…。こんなにたくさん日本の方に注目してもらえて、子供たちも嬉しかったんじゃないですか。教師たちは、いろんな緊張を持って当日を迎えましたが、子供たちは日本の社会に生きているので、こうなるんだろうと…この空気が当たり前だという感覚があるかも知れませんね。」

 

 

準備から当日まで、アクシデントはありませんでしたか?

「ないです。地域のつながりを密にしていますし、嫌がらせはなかったです。抗議の電話もなかったです。この周辺の地域の方々が協力して下さっていますし、優しい目で見て下さっています。」

よかった!当日は、我々参加者を教室へ案内し、解説して下さったのは

「PTAに当たるオモニの会です。日本人のオモニもいらっしゃいますし、日本国籍の子供もいます。ちなみに、阿佐ヶ谷にある東京朝鮮第九初級学校では、学校を支える『サランの会』もありますし、杉並区議会の方も助けて下さっています。公開授業をきっかけとして、支援会を第六でも作れないかと動いています。」

公開授業の後は、焼き肉交流会もあったんですよね~。

「子供たちの指導があるので、教師は飲食できませんでしたが、父兄が輪の中に混じって、参加者の皆さんと食べて飲んで、交流をしましたよ。日本の地域社会の中で、地域の中の学校として、そのほか7月には納涼祭、10月には交流祭を行い、近所の方々もお越し下さっています。」

日本の公立小学校だと、セキュリティーの問題で、パスを持っていない人は入れません。僕も、パスを持っていなければ、母校の授業参観は入れないんじゃないでしょうか。その点、こちらは開かれているし、自由な空気が流れています。居心地がいいんです。

「遠足の電車の中で朝鮮語を喋っていると『ちょっと特殊な目で見られているのかなあ』という視線を感じなくもないですが、でも、温かく見守ってくれているのかなあと思います」

なるほど。

「普段は、授業も休み時間も朝鮮語です。一歩学校を出れば、子供たちは日本語に戻りますから。家の中でも家族皆さん日本語ですし。」

そうですよね。普段楽しんでいるテレビもマンガも映画も、日本語ですもんね。

 

 

「授業は、日本の学習プログラムに準じてやっています。それに加えて朝鮮の歴史や朝鮮語などを勉強しています。」

授業はすべて朝鮮語でしたね。

「子供たちは4世・5世です。いつ、どうして日本に来たのか?日本で生きるようになったのか?朝鮮ではどのあたりに住んでいたのか、祖父祖母やお父さんお母さんに聞いてみよう、といった授業も行います。」

大切なことですよ。

「私は3世なんですが、当時朝鮮は日本の植民地でしたから、生活の場を求めて日本に渡ってきて、最初は呉、そして生野、そして東京だったんですが、そういったパターンが多いんですよ。」

大阪市の生野!僕も先日、生野と鶴橋へ行ってきました。興奮しましたよ~。那覇の平和通りもそうなんですが、あのアーケード街の風景は、子供の頃の記憶に近い、懐かしいものなんですね。

「日本に生きていく中でのアイデンティティーとなると、言葉と、自分は何者なのかを分かることです。授業を通して、それらを学んでいきます。日本の社会に貢献するため、日本という舞台で活躍するうえで、自分は何者なのかを認識していないと、駄目ですよね…」

だから、日本の小学校に比べて授業数が多い…時間割がたっぷりですね。

 

 

「この子たちは、1世や2世の頃の歴史を生で聞いていないわけですよね。お母さんお父さんも、そういったことを勉強してほしいと、この学校を選んでいます。」

僕の世代も、戦争の話を直に聞いていない場合がほとんどです。

「日本の学校に通っていて、朝鮮学校には通っていないケースもありますが、親御さんたちも基本的には朝鮮学校を卒業されている方が多いので、子供もそこへ入学させたいと思うんですよ。」

そうなんですね。

「朝鮮学校というのは、コミュニティーの中心にあるんですよね。何かあった時には、学校。学校がなくなっちゃったら、地域のコミュニティーがなくなっちゃう。子供だけじゃなく、親が集まれる所もなくなるんです。学校だけは守らなくちゃという意識がありますね。」

東京都23区の南西部は、この学校だけですね。

「なので電車やスクールバスを使って、川崎や横浜からも通ってきます。理事会の職員や地域の同胞が、運転をしてくれています。立川にある学校ですと、もっと広域になります。親御さんからすると、通うだけの価値があるわけです。幼稚園もあるので、スクールバスはぎゅうぎゅう詰めですけどね。」

 

 

先生方も忙しいですよね?

「日本の先生も大変じゃないですか?実務が多くて。教員数も足りないし、1クラスの児童数も多いし。ただしこちらも、遠くから通っている先生もいますし、日本の先生の悩みと同じです。雇える人に限りがあります。区から助成金はありますが、多くの費用を自前で運営しているので。」

高校無償化から除外されたことはニュースで知られていますが、幼級や初級・中級も?

「朝鮮学校は、朝鮮語を教える私塾として始まりました。多くは1945~1946年です。しかし今は、各種学校としての扱いです。1948年には阪神教育闘争といった、GHQと日本政府が朝鮮学校を認めず強制退去…といったこともありました。」

では、自治体からの助成金は?

「東京都からの助成金は、石原都政の時になくなりました。今は大田区の助成金のみです。23区はしっかりしていますが、ほかの自治体では助成金がない場合もあります。そんな中で、大田区が初めて助成金を始めたんじゃないでしょうか。我々が地域に溶け込んでいるからではないか、貢献度が高いからではないか…」

 

 

校庭開放は、その一環なんですね。

「地域に貢献しているという自負があります。夕方5時から9時くらいまで、有償ではありますが、フットサル場として校庭を開放、多くの方に利用していただいています。地域に利益をもたらす学校として、自信があります。子供たちも、地域の一員だという認識があります。」

僕も子供の頃は、校庭開放で遊びました。

「民族教育をやっているので、特異な目で見られる方もいらっしゃいますが、どこの国もいろんな方が住んでいて成り立っている。だからもう少し学校をオープンにし、情報を発信することが、朝鮮学校の役割です。」

第2回へ続きます…。


2020.01.27